「銀行印がないんだけど…」と夫が言う。
彼はモノの管理がいい。
というか、かなり徹底していて、自分のモノは常に定位置においているので、モノをなくすことはまずない。
なので、そんなことを言い出すのは本当に珍しい。
しかも、銀行印のような大事なものをなくしたというのは初めてかもしれない。
最後に使ったのは幼稚園の入園面接の日だ、という。
幼稚園の保育料の口座振込のために印鑑を押したのが最後だ、という。
どうやら私のバッグやらコートやらに、かすかなる疑いがかかっているらしい。
というか、私に疑いがかかってるらしい。
ご飯の準備をしている夕方だったので、バッグごと、「調べていいよ」と差し出すが、当然、そこにはない。
バッグは入園面接の日以来ずっと使っている。
銀行印のようなものが入ってたら、さすがに私でも気づく。
銀行印のような大事なものが、「ない」と気づいたら、穏やかでいるのは難しい。
夫はそわそわしていた。
電話を持った夫が、「幼稚園に電話して聞いてみる」という。
なので制止した。
それは…よくよく考えてからにしよう。
本当に幼稚園以外の選択肢を全部つぶしてからにしよう。
考えてもごらん。
幼稚園入園面接は11月だった。現在は、年も明けた1月。
今、電話したらどうなる。
「2ヶ月も経過した時点で忘れ物を尋ねる、うっかり&ずぼら家族認定」を確実に受ける。
しかも印鑑。印鑑をほっぽりだして紛失に気づかない家族ってどうなのさ。
うっかり&ずぼら認定は、下手したら卒園までついて回る。
幼稚園側とて、入園面接の日に「梅」という苗字の印鑑が落ちてたら、入園予定者の中の「梅」という苗字の人に連絡をするだろう。
面接以来何回か幼稚園にも足を運んでいる。
もし銀行印が落し物にあったら、幼稚園側から声がかけられる機会はあった。
それを考えても、幼稚園にある可能性はごく薄い。
夕飯を食べながら、夫の記憶を紐解いてみた。
「そうだ、郵便局で印鑑使った」
という。
じゃあ先に郵便局に電話をしよう、そのあとにどうしても見つからなかったら幼稚園にしよう。
夕飯後も、適宜問いを投げておいた。
郵便局にはいつ行った?
服装は?バッグは?
ペンケースの中は?
私の管理するものの中にはないことは確かなので、それしかできない。
彼は、出先で自分のモノを使ったら、必ず何回も忘れ物がないか確認する。
コピー機の前とかでは、コピーしたものも出てきたものもおつりも、それぞれ3回くらい確認している。
慎重派の彼が出先でモノをなくすことはないので、ま、たぶん家の中のどこかにあるんだろ、と思っていた。
夜、寝ていると夫が来た。
「つま子、見つかった。なぜかわからないけど、いつも使わないかばんの中にあった」という。
「親身になって探してくれてありがとう」と言ってくる夫は、犬だったら「くーん」といいそうな雰囲気で、犬っぽくてなんだかかわいかった。
続く。